命の時間。

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カチェトナは昔から、臆病なのに、やってみたいと思ったことに、飛び込まずにいられない性格でした。

高校生で初めてアルバイトをしてからずっと、どんな遊びも、どんな仕事も、経験は全部自分の糧になるって、身をもって感じてきました。

大学にいた時も、とにかく何でも、興味のあることや頂いたお話には飛び込んできました。

でも社会に出てから、カチェトナは感じました。

命の時間には限りがあること。

いつまでなのか、それは死ぬその時までわからないけど、限りがあること。

薄暗い廊下を歩きながら眠れない日々が続いてゾンビだった時
難しい話を頭フル回転で理解したらトイレで急に嘔吐しちゃった時

こんな日々の連続で人生を終わりにしたくないって感じました。

どんな立派な肩書きも、どんなに有名な人たちに会えても、その仕事をしている自分が幸せじゃなかったら意味ないって。

その後就いた仕事では、一日中アシスタントの仕事をして、家に帰ったら自分の時間がほんの少しの日々。
それもほとんど家事や身支度で終わっちゃう。

残業はなかったし、お金も十分もらっていたけど、自分がやりたいことじっくり考えたり、行動したりする時間が少なすぎる、全然足りない、一日8時間通勤時間(地獄の満員電車)を毎日好きじゃないことに費やしてる!

ってひしひし感じていました。

心が死んでました。

お金は大事です。

衣食住を整えてくれて、自分の好きなことさせてくれて、大事な人たちにプレゼントしたりできる。

お金がいつもギリギリだった時や、クレジットカードでやりくりしていた時はいつも不安だったので、お金が大事なのは身に染みています。

でも、ひとつだけ心に宿った強い想いがあるんです。

お金のために働いて、自分の命の時間を売りたくない。

自分の喜びと苦しみを天秤にかけて、苦しみに傾くなら、それは命の時間を別のことに使うべきだってことなんだと思うんです。

ありがたいことに、社会人になってからは、どの職場でも認めてもらって、信頼してもらってきたけど、どんな仕事にも好きだったポイントはあったし、必要とされることはありがたいけれど、

自分の命の時間を、命が喜ぶように生きることが、自分と他人をも一番幸せにする道なんだと思うんです。

このくらいの仕事だったら、続けてもいいかなとか、ひとまずこのままで居ようとか、考えることもあるけど、そうやって使う時間を

自分がもっと命いっぱい輝ける道、心踊る道について考えたり行動することに使える。

大事な大事な命の時間。

命の時間を、何に優先して使っていきたいんだろう。

カチェトナは、自分の目で日本のあちこちを見たいのです。
そしてもっと歌を作りたい。

どうにかこうにか妥協せず、流されず、これを実現していきます。

そんなことを考えて眠れなかったカチェトナ。
今ごろ太平洋の上。

おやすみなさい。

カチェトナ。

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