カチェトナ、メヒコとの出会い。

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もうすぐ結婚式

最近なんだか、体とうまく付き合うのが難しく感じているカチェトナです。
だるかったり、痛かったり、眠すぎたり。。。
こんな時は眠りたいだけ眠って、体のばして、ゆっくり過ごそうと思います。

そうか、季節の変わり目だということも影響してますね!
去年みたいに、咳が止まらなくなったり、湿疹があちこちに出たりしてないだけ、今年はいいほうかもしれないと、今気づきました。笑

さて、今年のはじめ、10年来のメキシコ人の友だち・ラウラから、
「ねえ、私たち、今年の10月に結婚式を挙げることにしたの!そしてハネムーンの行先は日本に決めたの!」と嬉しい連絡を受けてから、早10ヶ月。。。

時が経つのが早すぎて怖いカチェトナです。

結婚式は19日だから、あと4日ですね。まだあんまり実感がないなあ。
自分の結婚式じゃないから??笑

今日はその結婚式に先立ち、カチェトナの10年前のラウラとの出会いを書いてみます。
メキシコ人と初めて出会った16歳のカチェトナのお話。。。

カチェトナ、思春期のまっただなか

中学生のカチェトナは、家から出たくて出たくて仕方がありませんでした。
カチェトナ家に生まれたことをひたすら悔み、怒号や泣き声が日常茶飯事の家で、悲しみにくれていました。

新聞配達でなんとか稼いで、一人暮らしすることを計画したこともありましたが、ほかのことができなくなってしまうのが目に見えて、それは選べなかったので、自分の幼さを大変もどかしく感じていました。

高校生になったカチェトナは、すぐにラーメン屋でアルバイトを始めました。

1年間、別の国で暮らしたい」

自分がいた限られた世界から抜け出して、外国で1年間、自分の知らない素晴らしい世界で暮らしてみたかったので、留学のために貯金を始めました。

留学をスタートしようとしていた高校2年生、夏。

友だちと遊んだり、日々色々と出費がかさみ、1年弱で貯められた金額は40万ちょっとでした。
あんなに毎日憎まれ口を叩きあっていた母が10万弱を支援してくれ、やっと1ヶ月の短期留学をすることにこじつけられました。

いざ、夢の世界へ

「友だちも家族も大っ嫌い!こんなせせこましい日本なんて大っ嫌いだ!」

毎日ぐちゃぐちゃで極端な思考を繰り返すカチェトナは、そんな気持ちでいっぱいのまま、いざ、夢見ていた世界へ旅立ちました。

行先に選んだのは、比較的なまりのないきれいな英語を話すと言われていたカナダ。
選んだ町は、空気がきれいで夏は過ごしやすく、学費が安い語学学校があったカルガリー。
私を受け入れてくれたホストファミリーは、フィリピンからの移民でした。

「そうか、カナダ人といっても色々あるのだな」

街を歩いても、どれがカナダ人と定義づけられるのかわからないほど、たくさんの民族が歩いており、移民のるつぼと言われるカナダの現状を肌で感じました。

着いた日は夕食にミートスパゲティを出してくれて、あたたかく迎え入れてくれました。
貸してくれた部屋は、手をついて飛び乗るくらい大きなベッドで、カチェトナはわくわくしました。

ひと眠りして起きると、すっかり明るくなっていました。

「学校初日に寝坊した!わああ!今何時?今何時?」

大慌てで階下に駆け下りてホストマザーに聞くと、不思議な顔をして二やついて、「かれん、まだ夜だよ」と言われました。

カナダは日が暮れるのが遅く、夜9:00になってもまだまだ明るかったのでした。笑

夢の国の現実

学校初日、ホストマザーがバスに乗って一緒についてきてくれました。
それから仕事に出かけて行ったので、カチェトナは数時間、一人カフェでじっとしていました。

クラス分けのテストや色々が終わり、学校生活が始まりました。
授業は面白かったけど、カチェトナは16歳、一人であまり出歩けず、バーめぐりや夜遊びもできません。日本と異なり広大な町なので、歩いていける範囲にはガソリンスタンドぐらいしかないし、バス停までもかなり歩くし、車じゃないとあちこち行けません。

毎日家と学校の往復で、時には午後からずっと家でヒマしていることもありました。

ホストファミリーとお話することもあったけど、やることがなく、あまりに退屈で、カチェトナは毎日双子の相棒・マッチャンとスカイプでお話しました。

「これを、ホームシックというのか。。。」

カチェトナはしくしく泣きながら指折り帰国までの日々を数えるようになり、そんな自分に驚きました。

「日本ではどうやって楽しいことしてたんだっけ。。。」

あんなに嫌っていた家族や友だち。
母国語で気軽に話せるっていうことが、どれだけありがたいことか、どれだけその人たちに楽しい時間をもらっていたのかに気がつきました。

あんなに嫌っていた日本。
一人で歩いてどこへでも行けて、そこら中に美味しいものがあるってことが、どれだけ便利ですごいことなのかに気がつきました。

メキシコ人との出会い

語学学校の国別の生徒の割合は、一位と二位を争うのが韓国人・メキシコ人、次に日本人、そのほかヨーロッパからの学生が数名いるような感じでした。

そこで生まれて初めて、メキシコ人に出会いました。

同じクラスにいたのがマリソル。ラウラの従妹でした。

のんびりしていて、色々と話しかけてくれて、豪快に笑う感じが好きで、お昼を一緒に食べたりするようになりました。

カチェトナはどうもホストファミリーが作るサンドイッチの味付けが苦手で、マリソルは自分のパスタが気に入っていなかったので、交換こしてソファでのんびり食べたりしていました。

そんなある日、学校企画の遠足があり、そのBBQで出会ったのがマリソルの従妹・ラウラでした。
小さくて、かわいくて、控え目で優しいけど、どこかあたたかくてユーモアがある。
すぐに好きになりました。笑
(誤解なきように言うと、恋愛対象としてではなく、優しいお姉さん的な意味です。笑)

その日はマリソル、ラウラ、数名のメキシコ人と一緒に楽しく遊びました。

メキシコ人との戯れ

それから、また1週間の間に、マリソルとはほとんど毎日学校でお昼を食べ、メキシコ人はすぐによく知らない人を仲間に入れるので、ほかのメキシコ人数名とも関わるようになりました。
ラウラは別の学校に通っていたけど、放課後合流して、みんなでカルガリータワーに行ったり、別の日本人のもえさんと4人でカルガリーの町を探検したりもしました。

お互いをよく知らなくても、一緒になって群れて歩き、豪快に笑いあっている。
何言ってるのか一言もわからない、リズミカルな魔法の言葉みたいなのを話している。
つたない英語でコミュニケーションしているのに、気さくで、ちょっと適当で、あたたかくて、優しくて、楽しい。

生まれて初めて出会ったメキシコ人たちの魅力をしみじみと感じる日々でした。

マリソル・ラウラとの友情

二人はまもなくして、夏季プログラムの期間を終えて自分の国へ帰っていきました。
カチェトナはとってもさみしくなりました。

入れ替わるように、ステイ先の同じ家に日本人のゆんちゅが来たり、学校で別のメキシコ人たちと仲良くなったり(パメラと話すようになったのもこの頃)、クラスが上がって優しい韓国人の友だちができたり、それはそれで楽しい毎日が始まりました。

平凡だけど楽しい日々、時々ちょっと観光したり、自分の失言によりホストファミリーに無視されたりしながらも、アッというまに4週間が終わりました。

帰国後、カチェトナの胸は、新しい出会いとたくさんの気づきでいっぱいでした。
中でも大きく心に残っていたのは、「メキシコ」でした。

「ああいう人たちの間で暮らしてみたいな。。。ラウラやマリソル、ほかのみんなと、みんなの母語であるスペイン語でもっと話したい!!あのスペイン語っていうのを話してみたい!!」

当時のカチェトナは、心に大穴があいたままのような、どこかぬぐい切れない孤独を抱えていたので、「進路とか考えられん。とにかく早く家を出たい。働こう。」とか、
「書くことが好き。。。新聞記者になるか!」と思って打ち砕かれたり、
「書くことについて。」をご参照)
「歌が好き。。。歌手になるか!」と思ったけどオーディション番組の二次選考で落ちて、平凡すぎる&容姿で無理だとあきらめたり笑、
迷いに迷った挙句、「あっ。スペイン語!!」

将来のこととか考えると、どんな職業につながるかわからなかったけど、スペイン語を専門的にやることを思いつきました。

二人とは、特にラウラとは帰国後もメッセージのやり取りが続いていて、色んな話を聞いてくれて、結構深い話もしたりして、ただのメッセージなのに辛い時に支えてくれることがありました。
ラウラともっと話したかったし、メキシコをもっと知りたかった。

こうしてカチェトナは、マリソルとラウラとの出会いによって、スペイン語・メキシコという世界にずぶずぶと足を踏み入れました。

今日までの日々

無事大学に入学後、カチェトナはスペイン語を吸収できるのがたのしくてたのしくて、ぐんぐん吸収しました。
まだ精神的にがちゃがちゃしてたので学校行かない&遅刻ばっかりだったけど、アルバイトも少しにして、家でも復習したりして、好きなものに近づいてるのが嬉しくて、受験勉強より勉強したかもしれません。笑

夏休み、メキシコ行きたい行きたいって言っていたけどお金がなくてあきらめていたカチェトナでしたが、
「情熱があるうちに、今行ってきなよ」と、母がバリバリ働いてまたもや援助してくれたので、初めてメキシコを訪れることができました。

最初の3日間はパメラが、残りの7日間はラウラとマリソルの家に泊めてくれて、たった10日間で濃厚で熱い思い出をくれ、カチェトナのメキシコ熱は高まるばかり。

その後、20歳でメキシコに一年間留学したときは、ラウラ達が住んでいるメキシコシティから少し離れたグアダラハラにいたけれど、みんなで会いに来てくれたり、私が2回くらい旅行してみんなを訪ねたりしました。

留学から帰国後は一人暮らしを始めて、アルバイトかけもちでお金に余裕がなく、卒業旅行もできずじまい。
仕事が始まってからも最初はお金がないし、そのうちお金はあるけど時間が全然ない状態になり、再びお金だけがまったくない状態になったり、5年間もメキシコから遠ざかり、ラウラ達とも少し疎遠になりました。

昨年10月に今の仕事を手にして、今までで一番頻繁に会える日々が到来。
そしてタイミングよく結婚式。
(ちなみに今年の2月には、マリソルの初めての出産があり、5日後くらいに赤ちゃんと対面することもできました!)

初めて会ってからもう10年経つのかと驚きます。

メキシコへの扉を開いて、スペイン語への情熱を絶やさずにこれたのは、ほかでもなくラウラとマリソルのおかげです。
いつ行っても親戚一同で迎えてくれました。

人のあたたかさや優しさ、ユーモアに触れ、視野を広げて人生を楽しめるようになったのも、ラウラとマリソル、親戚一同のおかげでした。

心から感謝しています。

そんなラウラの結婚式。

うんとステキなものになりますように。
ラウラとルベンが末永く幸せでありますように。
みんなとこれからも、細くてもいいから、縁が続いていきますように。

それではおやすみなさい。
カチェトナ。

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